韓国の異常な国民性の
主原因は、多分遺伝子です






朝鮮の悲劇 F.A マッケンジー

環境の影響を受けて、精神的形質が短期間に変化したジャーナリストであったと考えます


この著作については、この記事筆者が読書メモ用に開設している別サイトに掲載しています。何故なら、今ご覧のウェブページは、記事筆者死後には、恐らくは閉鎖されます。妻には、年間コストは低いから私が死んだ後も存続させてほしい旨を口頭遺言で伝えるつもりですが、どうなるのかは分かりません、リンク先は無料ブログであり、記事筆者死後も残るからです。

F.A マッケンジーの「朝鮮の悲劇」は、韓国における反日のバイブル的存在でしょう、何故なら、西洋人から見て唯一非常に好意的に書かれた内容であるからです。しかし、他の者は異なる見方をしています。記事筆者には、下記箇所が強烈に印象的でした

同書 p123 【1905年にジョージケナン氏が朝鮮を訪問し新聞へ書いた内容の引用し】
韓国人は遺伝と教育によって、その大部分が大げさな物言いをする人間か厚顔無恥の嘘つきである。それで、日本人の非行についての彼らの陳述は、慎重な検証なしには、これを受け入れることはできない。

この本の内容は、一般には義兵と呼ばれる高宗退位後の1907年に朝鮮内で生じたゲリラ蜂起に関する唯一の貴重な資料とされており、掲載写真は、義兵に関する唯一の写真です。しかし、その記述内容や掲載写真に筆者は重大な疑問を感じざるを得ません。また、この書籍が出版(1908年)された2年後の1910年、F.A マッケンジーの必死の訴えにもかかわらず、イギリス政府は日韓併合を正式に承認しました。


なお、F.A マッケンジーの「朝鮮の悲劇」以外は全て以下の通り酷評だらけです。「遺伝と教育によって、その大部分が大げさな物言いをする人間か厚顔無恥の嘘つきである。」

「朝鮮幽囚記」 ヘンドリック・ハメル

17世紀に13年間も当時の朝鮮半島で囚われの身であったオランダ人著者による貴重な記録

p34
1660年(略)
この年と翌年とは雨が降らなかったので、穀物も他の作物も大変な凶作でした。1662年も新しい収穫があるまではそれが続き、何千人という人が餓死しました。街道は追剥のため通行できなくなり、国王の命令によって旅行者の安全を保つために厳重に警備されました。それはまた道端で餓死した人々を葬るためでもあり、また、毎日起こる殺人や強盗を防ぐためでした。いくつかの町や村が略奪され、国王の倉庫はや破られて穀物が運び出されました。しかもその犯人は罪人として捉えられることはありませんでした。というのはそれは大官の奴隷たちによって行われたからです。生き延びた人々の食糧はドングリ、松の樹皮及び野草でした

p37
統治ではタルタル人の支配下にあるとわいえ、国王の権威は絶対です国王は国全体を自分の思うとおりに統治し、王国顧問団の意見に従うというようなことはありません。彼らの間には領主つまり都市や島や村を領有している人々はいません。大官たちは彼らの収入を彼らの耕地と奴隷とから手に入れます。私たちは2、3千人の奴隷を所有する大官を見たことがあります。また彼らはいくつかの島や領地を国王から与えられていますが、彼らが死亡すると、直ぐにそれらは国王の手に収まられてしまします

p38
奴隷の数は全国民の半数以上に達します。というのは自由民と奴隷、或いは自由民の夫人と奴隷との間に一人又は多数人の子供が生まれた場合、その子供たちは全部奴隷と見なされるからです。奴隷と奴隷との間に生まれた子供は女奴隷の主人に帰属します

【注】
明清と李朝の時代 岸本美緒(中国)宮嶋博史(朝鮮)P357
「四方博によって明らかにされた慶尚道大邸地方の戸籍分析の結果」によれば、1690年で奴隷=奴婢の人口比は43.1%にも達します。中国及び日本と決定的に異なる朝鮮半島史の特徴です。

なお、私は遺伝学マニア 兼 歴史マニアという奇妙な存在ですが中国史・日本史との比較において朝鮮半島史には、際立った2つの相違点があります。

@13世紀のモンゴル軍の朝鮮半島への侵攻時において、当時の人口の最低でも70%以上、恐らくは85%程度が死亡した可能性が高いこと。このような大幅な人口減少=集団遺伝学で言うところのボトルネック効果に近い現象は、中国・日本では歴史上全く存在しません。

推定値は、モンゴル侵攻前の高麗軍正規軍が約4万5千程度(高麗史の権威である武田幸男氏による)であったのに対し、文永の役での高麗兵及び高麗人の水夫の合計数がたったの1万2千人程度(旗田氏による)であったことに基づく私の推計です。モンゴル史に詳しいの歴史マニアであれば誰でも、当時のモンゴル軍は自軍の兵力損傷を極小化するために降伏した国の男性を次に侵攻する国への先兵(実態上は「矢よけ」)、城壁都市国家攻略時の土木工事兵として大量動員したことを知っているはずです。文永の役での高麗兵及び高麗人の水夫の合計数が少なすぎるのです。 詳細は高麗へのモンゴル軍侵攻が朝鮮史の決定的な分岐点 ご参照


A前記の奴隷制度(奴婢制)
19世紀においては朝鮮半島では男性奴隷(奴)よりも女性奴隷(婢)が圧倒的に多かったようです(前掲書)。このような奴隷制度は李朝朝鮮が事実上「乱婚制」であったことを示しています。即ち奴隷所有者である両班は女性奴隷に自らの子を多く生ませれば売却しうる自己の財産が増える(又は奴隷の男女間)ことが、遺伝的に現在の朝鮮半島の人々にどのような影響を及ぼしたのかは全くわかりません。

「「人々の過半数は、自分たちの真の両親を知らない」は恐らくは事実なのです(下記の「朝鮮事情」ご参照)


p41 盗人は非常にたくさんいます。その刑罰は足の裏をたたいて次第に死に至らしめるものです。

p42 男性は夫人を非常に好み、更にその上に非常に嫉妬深いので、たとえ親友であっても妻や娘に会うことは許されません。

p48 彼らは、四親等以内の親類とは結婚も恋愛もできません。彼らは、8,10、ないし12歳或いはそれ以上になると、彼らの両親或いは親類によって嫁にやったり婿にやったりされます。

p50 奴隷やそれに類する人々は、ほとんど子供をかまいつけません。それは子供たちが仕事ができるようになると、彼らの主人がすぐに人をやって、彼らを引き取らせるからです。子供たちの父が死んだ場合は3年、母が死んだ場合は2年の喪に服さなければなりません。その期間中は僧侶と同じ食事をしなければならず、官職につくこともできません。大小の官職についている者は両親のどちらかが死ぬと、直ちに辞職しなければなりません。彼らは夫人と一緒に寝ることもできません。もしこの期間中に子供ができたら、その子は私生児と見なされます。また、他人と口論したり、結党したりすることも、酒を飲むこともできません。 彼らはめったに体を洗って清潔にしませんので、人間というよりもむしろ案山子のように見えます

p52 彼らは盗みをしたり、嘘をついたり、騙したりする強い傾向があります。彼らをあまり信用してはなりません。他人に損害を与えることは彼らにとって名誉と考えられ、恥辱とは考えられていません。

従ってある人が取引で騙された場合、その取引を破棄することができるという習慣があります。馬や牛の場合は3,4カ月過ぎると時効になります。土地又は不動産の場合は引き渡しの行われる前であれば破棄する頃ができます。彼らは親切で信仰心に熱い人々です。 彼らは病人、特に伝染病患者を非常に嫌います病人は直ちに自分の家から町或いは村の外に出され、そのために作られた藁ぶきの小屋に連れていかれます。そこには彼らを看病する者は誰も訪れませんし、誰も彼らと話をしません。

p55 蚕も非常に多いですが、彼らはよい絹布を作るための絹糸を取る方法を良く知りません。




「朝鮮事情」 C・ダレ

1872年から第5代朝鮮教区ダヴリュイ主教(1866年にソウルで処刑)が取集・整理しかけていた資料を基礎にして本書の編述に着手し、1874年に完成・刊行

P20
朝鮮では飢饉が頻繁にみられる。

P206
中人階層というのがあるが、これは実際にはソウルにしかいない

P212
女には名前がない。略 彼女に子供ができると、礼儀上、「誰それの母」という名を使わなければならない

P248
埋葬地の選択はあらゆる朝鮮人にとって重大な仕事である

第11章 宗教
P254 事実上の無信仰や来世についての無関心が生まれ、それが今日ほとんどすべての朝鮮人を特徴づけている

第12章 国民性
P263
この同胞に対する交誼の感情は、親族や組合の限界をはるかに超えて拡大される。相互扶助と全ての人に対する気前の良いもてなしは、この国の国民性の顕著な特徴であり、すぐれた美点である。

P267〜268
朝鮮人は、男女とも、生まれつき非常に熱情的である。しかし、真の愛情はこの国には全く存在しない。彼らの熱情は純粋に肉体的なものであって、そこのは何ら真心がない。 彼らは自分自身を満足させるため、手の届く対象にはなんにでも飛びつくあの動物的な欲望、獣的本能以外は知らない。従って、風紀の腐敗は想像を絶し、「人々の過半数は、自分たちの真の両親を知らない」と大胆に断言さえできる

P269
成長した後は、男も女も見境のないほどの怒りを絶え間なく爆発させるようになる

P275〜276
黄海道の人々は、狭量で、視野の狭い性格として知られている。彼らは欲深く、信義がないと非難されている。

京畿道つまりソウルの人間は、軽薄で、節操がなく奢侈と快楽にふける。全国の典型をなすのは、この道の人たちである。朝鮮人の野心、強欲、軽薄で、節操がなく、奢侈と快楽にふける。全国の典型をなすのはこの道の人たちである。朝鮮人の野心、強欲、浪費、奢侈等われわれが前述した性格に特にあてはまるのは彼らである。この道には、大官や両班、学者たちが過度なくらい多い。


第15章 科学
朝鮮人は科学研究の分野においてはほとんど進歩の跡を見せていないが、産業の知識においては、なおさら遅れている。この国では、数世紀もの間、有用な技術は全く進歩していない。この立ち遅れの主な原因の一つに、人々が全ての手工業を各自の家でまかなわなければならないという現実がある。

P322
1871年、1872年の間、驚くべき飢饉が朝鮮を襲い、国土は荒廃した。あまりのひどさに、西海岸の人のうちには、娘を中国人の密貿易者に1人当たり米1升で売るものもいた。



「悲劇の朝鮮」 アーソン・グレブスト

スウェーデン人が日露戦争中に朝鮮を訪問したとのことですが、恐らくは実際には訪問していません


p16 一口で言って、人がいいという印象だ。グレーやブルーの着物姿でイギリス風の鳥打帽子をかぶって彼らの間に混じっている日本人に比べると遥かに好感が持てた。 一般的に言って彼らの身のこなしは日本人特有の地を這うような卑屈さや度を越したエチケットなどとはほど遠いものだった

p67 朝米合作会社が長さ14.4の電車レールを敷いた。雇用人は皆朝鮮人であるが、米側の担当幹部らは2年間の電車線運営期間に、朝鮮人が日本人より仕事を早く覚え信用度も高いことを身にしみてわかったとのことだ


p183
@「ソウルにいる日本人らはバルチック艦隊撃沈を祝ってパーティーを繰り返している」

この記述から、1905年(明治38年)5月27日から5月28日の日本海海戦終わった後に訪問しているはずです。

p281
A「あわよくば鴨緑江以北の激戦を現地で目撃したいというわが意図はついに水泡に帰した」
 
この記述から、1905年(明治38年)9月5日に終わった日露戦争終結前に朝鮮を訪問したはずです。

@Aから、1905年6月〜8月頃、即ち、完全に夏に朝鮮半島を訪問しているはず。

にもかかわらず、

朝鮮到着時の記述として
p13
真冬の12月26日、つまりクリスマスの次の日の気候がこうだとは・・・。

上記のように完全にあり得ない内容であり、p292にスウェーデン語(韓国内で翻訳)→ハングル→日本語への翻訳者は「本書は長く知られずに今日に至った」とありますが、当然です。よく見つけたもんですが、大爆笑するしかありません。 従って、タイトルを「悲劇の朝鮮」ではなく、「喜劇の朝鮮」とするべきです。なお、訪問時期がずれているのではなく、実際に訪問していないことはほぼ確実です


【注】奴隷制度(奴婢制)は、中国・日本と異なる朝鮮史の決定的な特徴であり、最終的に日韓併合後の日本による奴隷解放まで実質的には続きました。(朝鮮内での法制上は1894年に廃止。しかし、慣習としては実質的には存続=奴隷売買は続いた)

19世末〜1910年までの間、相当数の朝鮮人女性が国内で売るよりも海外の方が高値で売れるせいか?欧米へも実質的に売られたことが、この小川教授の論文により分かります。
「悲劇の朝鮮」に遠く北欧スウェーデンにまで事実上は売られた朝鮮人女性が関与している可能性が極めて高いと推測していますが、調べようがありません。下の画像は、アメリカ議会図書館の画像ライブラリーからで、1904年にソウルで撮影で、アメリカ議会図書館からの画像です。

韓流ドラマが描く李朝朝鮮時代の女性は色のついたきれいな服を着ていますよね!嘘です、全てが嘘です。李朝朝鮮では、染料を国内生産できず中国とのいわゆる朝貢貿易による輸入に頼っており染料自体はありましたが、非常に高価であったため、王宮関係者以外は全員が「白い服しか着れない」状態であったのです。それどころか、多くの人は裸足で歩いている状態でした。詳細は、写真で見る朝鮮人遺伝子ご参照

下の写真の両班とは、朝鮮の支配階級ですが、wikipedia記事等、李朝末期には両班の比率が高かったのだという「頭がおかしい」と言い切れるバカげた嘘も蔓延しています。





「朝鮮紀行」 イザベラ・バード・ビショップ

文化人類学のフィールドワークとも呼ぶべき著作で、李朝朝鮮末期の断末魔の姿を見事に描き出しています


P11〜12 手工業は不振である。(略)美術工芸は何もない

P104 商人なり農民なりがある程度の穴あき銭を貯めた評判が立てば、両班か官吏が借金を求めに来る。 これは実質的には徴税であり、もしも断ろうものなら、その男は偽の負債をでっちあげられて投獄され、本人または身内の者が要求額を支払うまで毎朝鞭で打たれる 或いはとらえられ、金が用意されるまで両班の家に食うや食わずで事実上監禁される。借金というう名目で取り立てを装うとは 全くあっぱれな貴族であるが、(以降略)

P361〜P364 女の子は極貧層でも見事に隠れており、朝鮮をある程度広く旅行した私でも、6歳以上と思しき少女には、女性の住まいでもものうげにうろうろしている少女たちを除き、一人も出会ったことがない

P406 朝鮮の教育はこれまで愛国者や思想家や高潔の士を輩出せずにきている。(略)
狭量、マンネリズム、慢心、尊大、 手仕事を蔑視する誤ったプライド、 寛容な公共心や社会的信頼を破壊する自己中心の個人主義、2000年前からの慣習と伝統に隷属した思考と行動、知識に関する視野の狭さ、浅薄な倫理観、女性蔑視と言ったものは朝鮮の教育制度の産物 と思われる



「北朝鮮で考えたこと」 テッサ・モーリス・スズキ 

オーストラリア国立大学研究学院教授の北朝鮮訪問記からの孫引用です


(エミリー・ケンプという20世紀初頭の冒頭旅行記を「」内に引用して) 結論としてエミリー・ケンプの見解を引用する手法で「p69 朝鮮には自らの国を運営する能力はない」

赤字部分が、キーポイントとです。ただし、著者名から分かるように、日系オーストラリア人です。実は、アメリカ国務省及びソ連は、1945年時点において、朝鮮半島を直ちに独立させるつもりは全くなく、一定期間の信託統治が必要と考えていたのです。

【注】
@この教授による北朝鮮訪問記は、エミリー・ケンプという女性が20世紀初頭に書いた「The Face of Manchuria, Korea, and Russian Turkestan」(日本語訳はなし)を多数引用しながら書いています。

A巨済島収容所は朝鮮戦争の際に韓国に設置された北朝鮮捕虜の収容所です。下記のように、捕虜収容所内でさえ同じ民族同士で激しい殺し合いがあったことは日本では全く知られていません。和田春樹を筆頭に朝鮮戦争に関する著作は数多く出されていますが、読んだ記憶はありません


P193 巨済島収容所は、過密、不衛生、水不足、監視不行き届きなどにさいなまれ、ついには収容されている捕虜同士の暴力沙汰、暴動、捕虜と看守の衝突に発展した。反共と疑われた人が親共派に殺害され、その逆もあった。最も劇的な事件としては、北朝鮮の捕虜たちが収容所のアメリカ人司令官を拘束して人民裁判にかける事件があったが、この暴動は鎮圧された。巨済島収容所が廃止されるまでに、収容されていた捕虜200人以上が看守或いは仲間によって殺害された



「朝鮮現代史」 糟谷憲一他

当時のアメリカがこのような見解を有していたことをご存知の方は少ないでしょう。何故アメリカは下記の主張をしたのか?


p223  アメリカが朝鮮人の自治能力を否定し、米・英・中・ソがあらゆる権限を行使する20年ないし30年の信託統治の実施を提案したのに対し、ソ連は民主主義臨時政府の創設と5年間の期限付き付きでの信託統治の施行を主張した

韓国という国自体が、そもそも「間違って建国されてしまった国」なのです。(この議論は韓国内にもあります)

上の引用にあるように、「20年ないし30年の信託統治」が実施されるべきでした。今日の日韓関係を考える時、韓国という病身国家・異常国家が形成されてしまった主原因は、「アメリカが朝鮮人の自治能力を否定し」長期間にわたる信託統治を主張し、かつ、米ソ両国間で5年の信託統治の合意がされたにもかかわらず、米ソ冷戦下で完全に偶然の産物として、キチガイ国家韓国が形成されてしまったという点にあります。この点の視点が多くの人にかけています。





「北朝鮮を知りすぎた医者 国境からの報告」 ノルベルト・フォラツェン

ヨーロッパで圧倒的に嫌韓感情が激しいのはドイツです。恐らくはこのドイツ人医師のマスコミ等での活動の影響と推察されますが、下記が最も一般的な見解であると言い切れます


p175
南北朝鮮の間には実に多くの共通点がある。まだ平壌に居るのかそれともソウルに居るのか、時々分からなくなるのはそのせいだ。

北朝鮮問題はつまるところ、朝鮮の人々のメンタリティーや文化に発しているのだろうか・・・?、

朝鮮の人は愛すべき人で心温かく、そしてとても感じやすい。従って再統一が行われ、国際社会に組み入れられた暁には、この国は経済的に大きな発展をするだろう。

朝鮮の人はエゴイストで尊大で、ただ自分の利益だけを考え、いつも不機嫌な顔をしている。がさつで思いやりがない。他人の苦しみを気にかけようとしない。北朝鮮が安泰なのはそのせいだ。これは二つとも当たっている。

特に前半は女性によくあてはまり、後半はむしろ男性にあてはまる。これは朝鮮に住んでいる外国のビジネスマン、外交官、観光客、それから同じ国の女性たちの意見だ。そしてこれに儒教思想との関連を見る人も多い



 

 
 私は生粋の関西人です。関西人と東北地方の人々は、同じ日本人であるにもかかわらずメンタリティーや風土が大きく異なるように感じられます。東大阪市で生まれ育った司馬遼太郎さんは、そのことをよくご存じで「坂の上の雲」のなかで随所に東北地方の人々のメンタリティーを見事に描き出しています

下の主成分分析図は、
Japanese Population Structure, Based on SNP Genotypes from 7003 Individuals Compared to Other Ethnic Groups

というタイトルの集団遺伝学の論文からお借りし、作成しました。はっきりと、関西人と東北地方の人々のメンタリティーの差を象徴していると考えます





この記事で引用した複数の外国人の記述と上の図からも民族集団のDNAこそが、集団(民族)のメンタリティーや文化の決定要素であると言い切れます
難しい内容は書きませんが、直感的に理解いただけると信じます。実は本当は下記内容を読んで頂きたいのですが、前半部分をあまりにも難しく書きすぎたため、補助的に分かり易い内容をまとめました





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